誰かが待っていると思うと不安も薄らいだ。

骨髄提供体験談7

堂本 伸江さん
堂本 伸江さん
(35歳/福山市)
誰かが待っていると思うと不安も薄らいだ。


 「患者さんに当たらなければいいな、という気持ちも、正直言ってありました」。
 実際の骨髄液提供までに、何か月もかけて2次検査、3次検査、そして最終同意へと進んでいったころを思い返し、堂本さんはそう打ち明けた。夫の理解は得たものの、近くに住む母が、最初は反対していたからだ。
 母はこれまで2人の子供の面倒もみてくれている。それだけに「心配をかけたくない」と悩んだが、「患者さんが1人、待っている。私は元気なのだから、協力しよう」と決意。抱えていた不安もやがて薄らいでいった。
 福山市内の国の機関の職員として働いている堂本さんが、骨髄バンクに登録したのは、近くの因島の高校生が一家で骨髄移植のドナーを探しているニュースをテレビで見たのがきっかけだった。
 それまでも、職場に献血カーが巡回して来る時には、協力していた。「骨髄提供といっても特に大きなことをしたという気はなく、献血と似たような感覚でした」。
 しかし、骨髄採取当日はつらかったという。「採取の前の晩、病室でおしゃべりし過ぎて寝不足だったせいでしょうか。終わっても気分が悪く、翌日まで眠りました」。4日間の入院に加え、次の週の月、火曜と仕事は休んだが、その後はなんともない。
 ただし、検査や打ち合わせ、骨髄液採取のための入院は広島市の病院で行われたため、福山市から通うのは大きな負担になった。3次検査以降は、国家公務員に認められたボランティア休暇が利用できたため、提供までがスムーズに運んだ面もある。
 「普通の会社に勤める人が提供するには制約があると思う。そのあたりもっと工夫があれば…」。堂本さんはそう感じている。

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